2007年07月 - ポエツ | poets

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投票スカイプパラダイスオーケストラ

「Skype」を台湾ではよく「スカイピー」と読んでいて、「スカイプ」の間違いっしょ? と思ってたら、台湾式の読み方では「スカイピー」で定着していることを最近になって知りました。
そういえば台湾の職場で日本人同士で話していて、そうそう!と合意に達したのが「”mp3”を”エムピーサン”って言うと日本人に笑われるよね」と。「三」は中国語でも「san」なので、中国語読みでは「エムピーサン」となるんです。でも「ベスト・テン」て言うけど、そこから上はだんだん怪しくなって「ベストひゃく」とか言うじゃない。

それはそうとスカイピーです。eメール(*註)が普及した時も、国外在住の相手ともやりとりが容易になった!と感動しましたが、もはや通話もタダ! って使い始めたの最近なんですが、これで台湾の知人とも会話ができます。
*註:私の先輩で「メール」って呼ぶと「郵便」と区別できないので、「”電子”メール」としっかり呼ぶかたがいるのですが、若い子に「”電子”メール」と言ったら、吹き出されたと戸惑っていました。
そんなわけでスカイプフル・ライフを送ったりしていますが、先日たまたま、選挙の話になりました。相手は二十代半ばの台湾人・孫さん。

孫「日本は選挙の投票率が低いですよね」
私「そうですね。もう少し関心を持ったほうがいいのでしょうけど」
孫「えっ、なんでそう思うんですか?」
私「台湾人は政治に関心がある人が多いでしょう。
たとえば選挙の時には、外国に移住してる人ですら、投票のためだけに台湾に帰国して来ると聞きます」
孫「私はそれ、あまりよくないと思ってます」
私「そうなんですか?」
孫「だって外国に住んでいるのに、そのときだけ帰ってくるなんてやりすぎでしょう。
私は政治って好きじゃないです。だから投票率が低いのは一概に悪いことじゃない。
日本の投票率が低いのはなんでだと思いますか?」
私「ん… どこの政党に入れても何も変わらないから。あきらめてる人が大半じゃないかな」
孫「たとえばアフリカの貧しい国。食料や教育も不足している。でもこういった国の選挙は投票率が非常に高いんです」
私「それはアフリカ諸国なんかだと、どの政党が政権を執るかによって、生活が大きく変っちゃうからじゃない」
孫「ですから、日本の投票率が低いのは、あきらめているわけではなく…」

ああ、なるほど! 孫さんはそこで説明をしあぐねてしまいましたが。なんとなくは見えてきました。私なりに忖度すると、政治について切実に考えざるをえない状況に較べれば、政治のことを意識せずに暮らせるほうがどれだけ幸福ではないか…、とそんな意味ではないでしょうか。
おかげさまで今年も投票に行かない口実を見つけました(って、違うだろ)。

[参照]
Espresso Diary@信州松本:時をかける投資家。
qzmp blog:そういや投票行ってきた
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スカブラ

「パレートの法則」ってのがあります。「2:8の法則」とも言われます。なぜか「働き蟻の話」って言うのもあって、これは「パレートの法則」とは関係ないように思えるのですが。蟻の集団で一定数働かない蟻がいるのだとか。で、その「怠け蟻」を除去すると、集団の中の一定数がまた「怠け蟻」の役回りに転ずるのだ、という話。
これ、あの炭坑の話ですよね。と思ってたのですが、私が以前聞いた炭坑の話が見つかりません。たしか、劇作家のつかこうへいがよく引いていた話しだよなあと思いつつ調べるとありました。

「スカブラ」
炭坑夫のなかで、仕事をしない役割の人がいる。それを「スカブラ」と呼ぶそうです。スカスカ、ブラブラ、ってことなんでしょうか。メンバーの中にまったく仕事をしない人がひとり入ることで、仕事の能率は飛躍的に向上するそうです。
ずっとこの役立たずの一人っていうのは、フール的というか、「下には下がいる」ポジションを担うことで、それ以外の人を相対化していたのではないかと思っていたのですが、そう言うのとはまた違うようです。

[参照]スカブラ
かめ設計室*3丁目通信:集まれば奇数5
あ ほ り ず む:「スカブラ」でありつづけた人・・・上野英信

何でもできるけど、何もしなくていい

ここ何年か断続的にお好み焼きのことを考えていました。学生のころから行くといったらせいぜい「ぱすたかん」ですが。「ぱすたかん」て言うのは、お好み焼きのチェーン店で、ちなみにパスタは扱っていません。お好み焼きといえば、あとはたまに下北沢に行くくらいでしょうか。
お好み焼き店には2種類あります。テーブルの上の鉄板で客が自分で焼くのと、焼き上がったのを店員が運んでくれるスタイルです。私はずっと自分で焼く方式のほうが好きだったんですね。まず楽しいし、席に通されたら、未調理の具材がすぐ出て来るので待ち時間が少ない。味付けや焼き加減もすべて自分で調整できます。だけど3、4年前、商品撮影の仕事でスタジオにこもっている合間に、カメラマンさんがこんなことを言いました。
「この前、家で料理するのも面倒だし、外食にしようかって子供連れて出かけたんですよ。
お好み焼き屋に入ったら客が自分で焼く方式の店だったんです。それでも普通は混ぜた具が出て来るでしょ? 混ぜてすらいないの。
もっとひどいのはナイフが付いてきてて、野菜とか大きすぎると思ったら自分で適当に切ってくれって。
家で作るのが嫌だから外食にしたのに、ひどい目に遭いました」

たしかに私も具の大きさにはこだわるから、(たとえば御稲荷さんの具材とか)できれば大きめにざっくり切っておいて、がりっと噛る食感を残して欲しい時もあるし、逆にみじん切りにして歯ごたえはいっさい残さないで欲しい場合もある。そう考えると、具の大きさまで自分で切って調整できるなんて最強じゃね? いや、違う違う。それなら自宅のキッチンで料理すればいいんですよね。
そうか、店っていうのは曲がりなりにもプロの料理人なんだから、客任せってのはまずいんじゃないか。「ウチの店の焼き加減はこのくらい。ソースの量はこれくらい、固さはこれくらい、具の大きさはこれくらい」って、その店が責任を持って、「そこの味」を決めてくれないと。
料理人が無限の組み合せの中から「この味がベスト!」と決定したものを出すべきとすれば、そば屋のように客が自分で七味やわさびで味の調整をできるのはどうなんだろう。料理人が”何も足さない・何も引かない”って状態に調味したものに、客が勝手に足しちゃうんですよ。ハンバーガーやホットドッグのケチャップ、マスタードも同じか。そういえば私は吉野家に行くと、牛丼が紅生姜丼と化すくらい紅生姜をてんこ盛りにします。

要するに、サービスってのはどこまでをお仕着せにするか、どこまで自由度を残すかのさじ加減になるということです。それは飲食店でも、観光旅行でも、テレビゲームでも同じです。で、結論を言うと「何でもできるけど、何もしなくていい」ってのが最強かもしれません。デフォルトは、全部お任せでいいってお客さんのために、乗っかるだけでいいコースを設定する。なんでもかんでも手ずからいじらなきゃ気が済まない方のために、カスタマイズできる範囲を多めに取っておく。
と言うのは簡単ですけど、サービスって言うのは「選ばせちゃダメ」って部分もありますよね。そこに考えさせたり、迷わせる要素を置いたらよくない場合がある。かと言って、強制されている、やらされている、と感じさせてもダメ。

qzmp blogの記事を見ながら、「どこまでがサービスか」という論題を、だらだらと考え続けてます。

[参照]qzmp blog:ここまでタガがはずれていると、そう簡単に自分の中で処理できない

ステーキを鉄皿に乗せて出す店が珍しくないが、あれも嫌いだ。経営者はいろんな理屈を言う。曰く肉が冷めないように。曰くワイルドさの演出。曰くソースが熱せられてジュージューと音を立てシズル感を強調できるなどと。(中略)
では保温と称してあんなに高温に熱した鉄皿に乗せるのはなぜか。調理時間を短くして早く出せば、多少客の滞店時間が短くなるからだ。上記の引用部分にも明記されている。一石二鳥なのだ。第一お客が食べている最中にどんどん焼けすぎる皿など、まともな食べ物を出す気がある店なら使わない。

用FC2,寫部落格日誌也都簡單阿!

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