詩人の死 死人の詩 - ポエツ | poets

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いつのまにか日本のポップスから「作詞家」がいなくなってしまった。
作曲者か歌手が作詞していることは珍しくもなくなった。
「作曲」がある種の技術職だってことはわかりやすいとして、じゃあ「作詞」には専門技術はいらないのだろうか? 日本語の読み書きができれば、誰でも作詞家が勤まるのか?

もちろん技術的な垣根が低いことは確かだ。だって私が国文学部卒の三文文士なのも、「日本語の読み書きができるから、日本文学専攻でいいじゃん」ぐらいの浅薄な動機だし。

国文学部卒ってあたりで、もっともらしく古今和歌集・仮名序を引っぱってみる。

やまとうたは ひとのこころをたねとして よろづのことのはとぞなれりける
ちからをもいれずして あめつちをうごかし 目にみえぬ鬼神をもあはれと思はせ
をとこ をんなのなかをも和らげ たけきもののふの心をも なぐさむるは うたなり


言葉にはちからがある。朝日新聞のキャッチコピーに言われる前から、大和民族は知っている。
コトバの感性に年齢はあんまり関係ない。むしろ十代の年頃の方が、ずっと過敏かもしれない。「WXY」を縦書きにしただけで、モンモンとしちゃう男の子もいるみたいだから。あ、そりゃちょっと違うか。
しかし十代のアイドルに作詞させて、作詞家を使わなくなったのは、コストカットか何かなの? それとも詩は曲の添え物くらいにしか思ってないんだろうか?
ちなみに私にとって、中島みゆきは詞の方が主菜なんだけどね。

「風に吹かれて」なんて歌詞はもう飽きた。意味はわかるよ。「風が吹く」っていうのは、日本語でも英語でも中国語でも、風景を劇的に、異化するのに使われる表現。でも、あんまり濫発されると、ただ歌詞の埋められない部分を適当に埋めたような印象がある。
こういうフレーズが、却って使いこなすのに高度なセンスが要求されるって解ってるかしら?
魂のこもっていないコトバなんて、死人の詩。
ほんとうの詩人たちはいまや死に絶え、空虚な死人の詩ばかりがメロディにのって流れて来る。

こんなんでも三文文士だからさ、出版業界めざしたこともあったんだ。で、「ライター・エディター養成講座」とか通ってみたこともある。
そのときの講師はこう言った。いい文章って言うのは、とにかく短く、簡潔に、要点を押さえる。極力「てにをは」も省けるものは省く。限られた字数制限の中、同じ文字数で、少しでも多くの情報を詰め込むためには、一字でも冗長な部分は切って捨てろ。
…って、オイ。それなんか特定分野のライティング術じゃないか? キャプションライターとか。

これは極端な例としても、ことばのリズムを気にしない人は多い。
『声に出して読みたい日本語』って、書名にちなんだことばが流行っていたけど、文章はどれも音読されることを基本とすべきだ。

「音読はできるけど、黙読はできない」という言語段階があることは意外と知られていない。音読するっていうのは、つまり声に出すことだけど、一度そうやって外部化して耳から取り入れ直してやっと意味が理解できる、という状態。いわゆる読み聞かせ。江戸時代の庶民の言語習得段階識字能力はこの程度だったらしい。
込み入った文章や、慣れない外国語を理解しようと、声に出して読んでみた経験は誰にでもあると思う。

声に出して読むためには、どうしてもリズムを取るための、それ自体は文意に影響のない文字が必要になる。
そういう字や語尾表現を、不要だからと切って捨ててしまえば「トリセツ的」な文章にしかならない。

念のため断っておくと、「取り扱い説明書」を書く専門のテクニカルライターのことじゃない。本来あれは職人芸とも呼べる技能が要されるモノ書きの一分野だ。もっとも家電製品なんかには、読むと却って混乱するへたくそなトリセツがついてることも多いけど。トリセツ「的」っていうのはそういう、叙事的・箇条書き的に文章をまとめてるようでいて、ちっとも要領を得ないヘタレ文のこと。

というわけで(←マネ)、巡回先の「Harukiya Archives」で声に出して読みたくなる文(詩)をみつけました。音読、っていうかスルメやガムのように、噛む・噛みしめるって感覚が近いかもしれない。
漢字・仮名まじりの混合比率のさじ加減にこそ、日本語の見た目を美しくする要があると思うんだが、音読となると、漢字をどう読ませているかという部分が引っ掛かってくる(例:「宇宙」と書いて「そ…)。
ともあれ、一度「ひらいて」みました。

はるのあらし

いてたさんがの いろをかへ
むおんのもりが めぐむとき
つきのげんやを すすめよと
せをおす はるのあらしかな

はるかにかすむ ろうかくは
おのがもとめし らくえんか
はたまた さらなるれんごくか
さじんのみちの とほきこと

しりぞけられし くもまから
ひたまばゆい こううんあり
くれまよひたる わがみちの
しるべをてらす ひかりなり

いちどはさめし このむねに
あつきちしおの ながるるは
ようそろうの かけごえに
ほをはらませよ はるのかぜ


大和ことばにすると、「無音」、「楽園」、「煉獄」あたりは、漢語特有の堅さがあるのが見て取れます。
「光暈」は「こううん」でいいのかな。辞書だとこうなってるんだけど、音読するとここだけつまずくんですよね。

[原典]
Harukiya Archives「春嵐」

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Re: 詩人の死 死人の詩

激しく紹介されちゃってますね。ありがとうございます。

詩(もどき)も取り説も書きますけど、人まねばかりでまだまだ自分の「言葉」にはなっていないです。
お気づきでしょうが「初恋」をインスパイy

”こううん”は当時はまってた西村寿行の小説から知りました。その情景が印象に残っていたので。

厚く熱く

不覚にも、どのアーティストの「初恋」かわかりませんでした。猛省します。
村下孝蔵、aiko、ツルゲーネフ… どれもアウト。

厚く、熱く歌い上げる、ポエティックなトリセツがあってもいいかもしれません。

Re: 詩人の死 死人の詩

猛省しないでください。
インスパイヤしてるのはコンテンツではなく、CSSの部分です^^

薄紅の秋の実に 人恋初めし はじめなり

藤村の「初恋」より。

耳呈さんがおっしゃるように、声に出して読むと
音使いが絶妙で美しい詩です。

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