笑い男 - ポエツ | poets

Logs

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
あいかわらず、書きかけ/書き溜めの記事を放出できずにいます。
やはり春なんでしょうか。むやみに気持ちが昂ぶったり、胸が詰まるような想いに駆られるのは。幸せは那辺にあるんだろうとか、正しいってどういうことだろうとか、男女、あるいは個々人の間に横たわる深い溝に思いを馳せたりしながら、日々を過ごしています。

やっぱり春なのかな。思いを馳せる風景と言ったら、江ノ島だったり、鎌倉だったり、鵜ノ木だったり、相模大野だったり、豪徳寺とか、東松原とか、大国魂神社とか、お茶の水、神谷町、竹橋、千駄木、谷中… 一見何の繋がりもないけど。

【春上村樹】
「こういうのって分かるかしら?」、「うまく説明できないの」、「多分、分かると思う」
やれやれだ。

【橋本治】

男は、へんな夢を見るために、「自分」という孤独を守る。
女は「他人への幻想」の中で、平気で孤独を生きる。
男と女は違って、「違う」からこそ、「つきあう」ということが重要になる。
重要なのは、「つきあい方」という「方法」なのに。
どうしてああも「愛情」という無秩序な一体化ばかりを問題にするんだろうと、
私は公然と不思議がっている。


【遠き日のポトラッチ】
昨年2月に祖母が亡くなって、ちょうど1年と1ヶ月ほど過ぎたところです。
祖母が生きていた頃から、日常の小さなことから、転居などの問題まですべて、
「それはお祖母様が反対するからだめだね」
「それはお祖母様がいる間は実行には移せないね」
みたいな言葉を繰り言のように聞かされていました。
もちろん「祖母がいなくなったら」とは「死んだら」の意味でしかありませんが、そんな直截な表現は(日本語的に)考えたことはなかったし、もちろん祖母の死を望む者もいなかったと思います。
というより、うちはごく中産階級の庶民ですから、別に祖母に巨大な権力があったり、財産があったわけでもないのです。

十年ほど前から気づいちゃいたのです。「祖母がいる間はむりだね」と言う言葉は、我が家族の中では、変革の力を丸め込んで、代わり映えのない日常を維持するための免罪符なんじゃないかと。
「祖母がいなくなったあとは、何もかもが変わるから」と言い続けた私の家族は、この一年の間に結局「何も変えない」ことに決めたと、私に告げてくれました。
私ももう跳ねっ返りでいるような年齢でもないですし、たとえつまらなくても「日常」というものを維持することは尊いことだと十分知っています。

とは言いつつも、ひとつだけは言っておきたい。だとしたら何故、子供の私は、つまらない家族の争いや罵り合いを見ながら育たなきゃならなかったのかと。もちろん暴力とかは一切なかったですから、ごく一般的な家庭不和でしょう。
いつか解放が訪れる、ポトラッチがあるんだと思い続けて育った私は、「何ひとつ変えない」ことを選んだ家族に、まだ言う言葉を見つけ出せずにいます。

【君為其易 我任其難】
『笑い男』はサリンジャーの短編集『ナイン・ストーリーズ』に収録されている一篇です。語り手が少年時代に所属していた「コマンチ団」という少年団(おもに野球などしている)と、保護者から委託され、その少年たちを率いる大学生の「団長」についての回想記です。
「笑い男」とは団長が少年たちに話して聞かせる連続活劇。物語はコマンチ団の活動と、劇中劇である「笑い男」を交互に描きながら進行します。

私が描きたいと思っている「私家版・笑い男」は、団長の語る〈笑い男〉のみを抽出・拡大した冒険活劇です。
「私家版・笑い男」
舞台は1930年代、愛新覚羅溥傑の間に双子が生まれます。史実では慧生という長女が授かるのですが、本編では歴史の闇に消えた双子の男児がいます。
清朝再興=満州国建国をした関東軍は、一説によると溥傑と浩の間に男児が生まれた場合、これを次期皇帝として擁立しようとしていたと言われます(日本の皇族の血統でもあります)。これを怖れた溥傑は、男児が生まれた場合、これを隠蔽し側近に託して逃げ落とす準備をしていました。
からくも関東軍の目からは逃れたものの、側近と男児の一行は旅の途中、馬賊に捕らわれてしまいます。ある者は殺され、ある者は売られますが、男児だけは幸か不幸か馬賊に育てられることになります(この辺はちょっと義経みたいです)。
誰も男児が清朝の皇統であることを知らないながらも、彼はやがて高貴な風格を持った青年へと成長し、「笑い男」とあだ名される、馬賊の頭目になります。サリンジャーのように万力で顔をひしゃげさせるか、美青年にするかは検討中。

あとは時代考証も政治思想も史観もお構いなしの冒険活劇。笑い男は何者にも与しない。張作霖とも結ばず、毛沢東蒋介石とも刃を交え、関東軍とも死闘を繰り広げます。
まあ、汪兆銘くらいは「いい人」で登場させたいです。なんて言うと一部から抗議されそうですが。
もちろん政治思想はヌキです。私はああいう詩人のこころをもった人物には弱いのです。

君為其易 我任其難(君は易きを為せ、我は難きを担おう)

「我は苦難の道を行く」という名訳が、そのまま上坂冬子氏の著作名にもなっている名句です。

【張学良】
ダメだった。張作霖は例の爆殺事件で1928年に死んでるんだった。
そんなわけで「笑い男」の対戦相手は息子の学良で。

comment


  管理者にだけ表示を許可する

用FC2,寫部落格日誌也都簡單阿!

検索語抽出

ポップアップ・コメント

poets designed

Ajax検索
AD

台湾留学 完全サポート

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。