ブロゴスフィアは村か都か? - ポエツ | poets

Logs

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
先月ようやくテンプレートを1点、共有に登録した。これまで登録したプラグインもそこそこの数になった。登録者の中にはユーザーからの質問が多く、サポートしきれないために、共有アイテムを回収してしまう方もいて、一部で問題になっている。
私の場合、幸か不幸か、いまのところ質問や苦情が来たことはない。そもそも私の登録アイテムの被DL数が平均200程度なので、使用者の母数自体が圧倒的に少ない。もし質問や苦情が殺到したら、負担に堪え兼ねるだろうけど、まったくレスポンスがないのもそれがそれで味気ない。

これは人によって違うと思うが、レスポンスと言っても評価や採点を期待してるのではない。製作の際に汎用性を念頭に、様々な状況を考慮してはいても、相手の使用法や環境をすべてカバーできるわけではない。あるいは、単純なコードミスによる不良品を流通させてしまっている怖れもある。そう言った意味で、よければ改良に繋がるリクエストを、悪くても不具合を教えてくれるクレームがあると非常に助かる。

共有のDLページには、コメントを自由に書き込めるようになっている。実は、あそこはDLしようがしまいが何度でも書き込めるようになっているので、DLユーザーとのやりとりができなくもない(字数制限はある)。
だが、あのコメント欄は、誰が始めた慣例なのか知らないが、「お借りします」の一言だけを残していくアイサツ欄になっている。正直に申し上げますと「お借りします」は何の役にも立たないんだけど、実はコメントをするとDL先のIDが自動的にリンクされるので、登録者からは相手をトレースして使用状況を見ることができる。それがせめてもの救いで、(FC2にしては)気の利いた計らいだと思う。

レスポンスについては、基本的は徳保さんがたびたび述べている考えに同意している。我が身を翻って見て、人に対し生産的な意見を積極的に述べているかといえば、してないし、それもなんとなく面倒でしあぐねているだけだったりする。

趣味のWebデザイン「Advice351 森の中の丸太小屋」/意見や感想がほしい、という件について

本を買いますと、読者カードが入っていることがよくあります。せいぜい数行しか感想を書く欄がなく、その気になれば3~10分で書けるわけですよね。でも、ほとんど誰も感想を書かないのが実情です。

「感想を書いてくれなきゃもう更新なんてしない」と作者がすねても、やはり大多数の読者は何もしようとしない。「この人が作品を書くのをやめてしまうのは残念だけど、でも、だからといって何か感想を書こうとも思わないな。作者が気を変えてくれればいいのにな」と徹底的に自分は何もしない。


先日『BLOG STATION』でよく似た話題をみつけた(追記:記事は1年前書かれたものです)。私が気になったのはその記事についた最初のコメントだった。

BLOG STATION「書き手と読者について考える」コメントより

でも創作系(自称)ブロガーとして言うと、コメントが少ないことで凹んでちゃ、とても創作なんてやってられないよ。
確かに自分との闘いっていう側面はあるよね。


引用した徳保さんの意見と共通していると思ったのは、『読者カード』という単語に表れているように、それは従来のメディアを前提に考えられているのではないかと言うこと。雑誌などで意見・作品を発表していたのと、ブログを使うのとでは、縦横の繋がりも、発信-受信の能力や経路も比にならない。

BLOG STATION「書き手と読者について考える」

■書き手同士なら対等になれるかもしれない
ブログの流行・普及によって、インターネットのユーザが、何らかの形で、自分の文章をウェブに発表することが、ごく当たり前という時代になりました。
このことによって、多くのひとが自ら「書き手」となり、書き手と読者という垣根を取り払う結果をもたらしているものと、僕は考えます。


ブログは、更新作業が簡単というだけでなく、他のブログとのコミュニケーションを促進する機能を持ったツールですから、この機能を利用しない手はありません。


芸術や文学を指向するモチベーションというのは、開発とはまた違うのかもしれないけど、ブログと言うメディアを用いる理由には、コミュニケーション経路の豊富さ・簡便さにあるはずで、「自分との闘い」で完結してしまえるのなら、あえてウェブを使う必要はないように思う。
小説のような物語や芸術作品を作るのと、実用品を作るのとの違いかもしれないが、『50%の完成度でサービスを出す』なんていうのは、始めからフィードバックを計上して完成することを企図している。

「はてな村」という形容があるが、この「ムラ」というのは、固陋であるとか閉鎖的であるという意味よりも、よくも悪くも濃密な人間関係が成立している社会を指しているのだと思う。一方、「都市」には、次のような特徴が上げられる。
・圧倒的多数の流動的な人口
・隣人の顔も知らないほどの関係性の希薄さ
・発達した個人主義、プライバシー重視

コメントがされにくいとか、コミュニケーションが成立しにくいという部分をみれば、ウェブ(ブロゴスフィアだとして)は「都市型」ということになるのだろうか?
ウェブ上の社会を仮に居住や共同体の一形態と考えたなら、単純に発展の段階でいえばブロゴスフィアの位置はこうなると思う。
村->都市->ブロゴスフィア

大都会より流動的でさらに多数の人口、より発達した個人主義、むしろ個人特定をしない匿名主義なのか。ブログをプライベートモードにしたり、無断リンクを嫌がったりする性向は、都市型居住の特徴を継承してるのかもしれない。
しかし、もしウェブ上でそういう種類の個人主義、プライバシー重視がさらに発達してしまうのだとしたら、ウェブの精神・テクノロジーとは逆行しているように思う。
たしかにウェブ越しでは相手の「顔」が見えないと言う意味では、都会のマンションのお隣さんどころではない。だがサイトが”家”や”部屋”だとすれば、その門は世界中に開放されている。誰でも自由に上がり込んでくつろいでいけるのなら、それは鍵もかけられていない農村の家のようでもある。もっとも田舎だと鍵をかけてなくて、お互い勝手に上がり込むのは、人口の流動が少ない(みんな顔見知りだ)からであって、ウェブにそのままあてはめられないかもしれない。

はたしてブロゴスフィアは農村なのか、都市なのか。

comment


  管理者にだけ表示を許可する

農村でも、都市でもない距離感。

完成度から言えば、私が運営しているサイトはすべて最初からフィードバックを前提としていて、フィードバックを得ることによって改良されると考えています。
運営者の能力とモチベーションだけでできあがるものなど、たかが知れています。そこにフィードバックがあってこそのステップアップがはかれるわけですが。

フィードバックがほとんど得られないと、いきおい、「中途半端なサイトじゃないか」となってしまう。

私は特に「やりとり」の中で生まれるものに価値を置いているわけですが、「一方的に消費される」構造があまりにキツかったりすると、鍵を開け放して座布団とお茶を用意するのも億劫になり、インタラクティブなんて幻想だとふて寝をしたくなってしまうこともあります。
「需要と共有」「生産と消費」ではないものが、もっとネット上ではできるはずですが、まだ、ツールをつかうユーザの方がそういう認識にないので、数パーセントの返信しか得られない「読者カード」にとどまっているのではないでしょうか。

ところでこのテンプレートでは、コメント数を表す見出しが「add」になっていますね。articleにaddするadditionのaddでしょうね。

Re: ブロゴスフィアは村か都か?

こんにちは。トラックバックいただきました。
引用いただいた記事は最近のものではなく、1年前に書いたものなのですが、考え方は基本的に変わっていません。
案外、普遍的な問題を提起することができたのかもしれませんね。

Re: Kenさん

はじめまして、なのに、たいへん失礼しました。
2005-09-12(←去年ですね、てっきり1週間前かと・・・)
ι(´Д`υ)お恥ずかしい

申し訳ないです。後ほど本文を一部訂正します。

FC2はミヤコでしょうか

add a comment ですが、うちは人さまのコメントより、自分で記事の補足で使うことが多いのでそういう意味もあります。

そういう点で、コメントは記事の一部だと思っているので、トラバやコメントじゃなく、
SBMのコメントを利用して議論されてしまうと、「パーマネントリンク」としてのまとまりがなくなるので、私は懐疑的でした。
でもそれがコメントやトラバより機能してるならそれでいいかと最近は思います。

たとえば、そういった「はてブ」のあり方・使い方についても、はてな「村」界隈ではそれぞれユーザーが意見表明している。
ホッテントリなんか見てても、そういうふうに話題の共有ができてると思います。

でもFC2では、Fブもユーザータグも導入されたっきりで、
どういうふうに活用しようとか、こんな使い方もできる、あるいは使えネー、とか、
ユーザー間で話題・情報の共有ができてないから、機能の発展改善に繋がらない。

FC2の”人口”は90万ととにかく多いようなので、「都市型」なのかもしれません。

Re: ブロゴスフィアは村か都か?

こんばんは。TBを送らせていただき、またしてもワケのわからん…と言われる前に鍵コメ入れようかと思ったら、鍵がないというオチでした^^;

Re: 麻生(阿檀)さま

”ブロゴスフィア”と言いながら、ブログサービス内に縦割り(?とは言わないないけど)されてるのも、妙じゃないかと思うんですが、
FC2はそんなに囲い込んだり、結びつけたり、って感じはあまりないかなと。

最近いくつか目にしたのですが、FC2のブログで、かなりコメントが付いているのがあって、
見てみたら9割方が「訪問履歴から来ました、ありがとうございました」で、
あの”足跡”も機能してるんだなあ、と改めて思いました。
思い出せば、私もごく最初の頃もらったことがあります。

”訪問してくれてありがとう”とコメントするのと、
ちょうど話題になっている「閲覧者を制限したい」のと、この二つ
まったく反対なんだけど、どっちもブログ初心者的なもののような気がします。


ちょっと話題は跳ぶんですけど、FC2ユーザーが公称のべ90万人。
実質がどの程度かは定かじゃないですが、その0.1%で900人。
で、共有プラグイン&テンプレのほとんど(私の登録したのもそうです)が、DL数500未満です。

テンプレは一人で何点もDLするけど、プラグインはそうじゃない…とか違いはありますが、
このDL数って比率として多いのか、それとも少ないのか。(多い少ないの量はともかく)

麻生さんの「タグクラウド」が少し前に100を越えたんですが、
ユーザータグ関連アイテムのDL数から察するに、
タグ機能使ってる人少ないんじゃないかと。
複数カテゴリとかタグも以前から要望は強かったし、他社のブログにもある機能なんですが、
それでも、大多数の人はたぶん使ってない(もしくは必要ない)のかなと思います。

私は「画像認証」でも「予約投稿」でも、何でもあっていいとは思うんですが、
はたして使いこなせるのかなー、と言うのが正直なところ。

何が言いたいのか、支離滅裂になっちゃいましたが、
タグ機能でもFブでも、commentableでもpostlog(←拙作w)でも、
せっかくおもしろい機能、便利な機能があっても
知られてない・使われないんじゃ、もったいないなあ…と。
もちっと宣伝したり、キャンペーンしたり、教化してもいいんでは---にちょっと関連した記事を書く予定。

trackback

re:『ブロゴスフィアは村か都か?』

 ブログシステムによって若干の「色あい」というものはあるように思う。 《FC2》は「新着リスト」が秒速で流れ、アフィリエイターが足跡リストを巡る、スピードと雑多の都市。たとえるなら、技術を尽くした高層ビル

用FC2,寫部落格日誌也都簡單阿!

検索語抽出

ポップアップ・コメント

poets designed

Ajax検索
AD

台湾留学 完全サポート

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。