親タグ、子タグ、タグは複数付けてこそ(1) - ポエツ | poets

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[参照]さよならアーカイブカテゴライズ・ブルーズ ~分類狂の詩 

今回は以前書いた上記の記事に、「タグ」を加えて再考察してみます。FC2ブログでも「ユーザータグ」機能が追加されましたが、それでも「複数のカテゴリ」が使いたい、と言う要望はまだあるようです。そもそも「タグ」と「カテゴリ」はどう違うのだろう?
ブログに限らず、ソーシャルブックマークから iTunesまで、それぞれ対象を検索&抽出のために必要となるマーキングがあります。システムによって「カテゴリ」と「タグ」を併用している場合、「カテゴリ」をなくし「タグ」を採用している場合、それぞれ何か違うのか?
「タグはいくつでも付けられるけど、カテゴリはひとつにしか属せない」…と言うのはわかりやすい答かも知れません。では、「複式カテゴリ」が可能だったら、それは「タグ」と実質何が違うのでしょう。

カテゴリはグルーピングだと思います。感覚的に言うと、対象をぐるっと袋に入れるように包括してしまう。以前の記事でもとりあげた、フラットファイル型とディレクトリ型がわかりやすいと思うのですが、まさに「フォルダに入れる」みたいに、それをまるごとあるグループに包み込んでしまう。なのでふたつ別々の包みがあったとしても、どちらかに入れることしかできない。もしくは袋の中に袋を入れる、という階層化はできます。

一方、タグ付けはポストイットのようなものでしょう。対象を包み込むのではなく、対象の部分部分に目印として貼り付けていくのに似ています。これならいくつでも必要な要素を付けることができますし、袋に入れる必要は無いので複雑な階層化を避けることができます。
それでも相当数の人にとってディレクトリ型/カテゴリ型の管理法が解りやすいようですし、私もそう感じます。たしかにフラットファイル型では仕切りも何もないので感覚的に把握しにくいのかもしれません。「複式カテゴリ」の一方で、「タグをグルーピングしたい」!という意見まであって、もう状況はカオスと化しつつあるようです。

「タグのグルーピング」でもそうなんですが、たとえば「大カテゴリ - 小カテゴリ」という関係はどういうものか、解釈の違いがあると思います。(大・小は親・子でも意味は同じ)

大(親)カテゴリ (total 30件)
├小カテゴリ1 (10件)
├小カテゴリ2 (10件)
└小カテゴリ3 (10件)

イメージとしてはこのような分岐になります。「大カテゴリ」で引いた場合、付属する小カテゴリ1~3はすべて抽出されます。フォルダの中にフォルダが入っている「階層」の形と同じです。もしそうではなく、「大カテゴリ」自体は引けないのであれば、それは単なるグルーピングの「見出し」になります。カテゴリはタグと読み替えても同じことです。

タグはポストイットのように、対象の要素に付ければいい、と書きました。ではタグはキーワードのようなものと言えるでしょうか。
たとえば私は少し前、「アマダナ」の製品を紹介した記事に [amadana] タグを付けました。しかし今後、また「アマダナ」のことを記事に書く機会はあまりないと思うのです。つまり [amadana] タグは一回きりの使用になる可能性が高いわけです。このような「キーワード」はそれぞれの記事にひとつふたつはあるでしょうから、そうすると一過性のタグがやたらと増えていきます。「タグ」はあとで「引く」ことを目的としているのですが、こんなふうに1:1の紐付けをしてしまうと、複数の記事を関連づけて抽出することができません。いや、1:1では済まないです。ひとつの記事からいくつかの要素を拾い上げるとしたら、100件の記事に対しタグが300あることもあり得ます。そして、その300のタグから検索しても、ヒットするのは1、2件ということになります。

では [amadana] というタグをやめて [デザイン家電] というタグに換えてみましょう。これなら汎用性があるので、別の記事でも使い回しができますね。検索した時も関連した複数の記事が抽出できるようになります。
しかし、これも問題がある気がします。これだと「カテゴリ」的な不便さに後戻りしているのです。カテゴリはグループを包括できるような代表的・抽象的な名前にする配慮が必要でした。「スポーツ」とするか、もう少し絞って「陸上」と「球技」にするか、包括範囲をどうするか先を見越してカテゴリ分けする必要があった。これだとタグの軽快さが失われます。
また [デザイン家電] のような抽象的なものより、 [amadana] のほうがずっと分かりやすいし、「目印」としての役割を果たすのはやはり「アマダナ」なのです。

どちらの使い方が適正でしょうか? それともまだ別の使い方があるでしょうか? タグを自分が検索のために使うものと考えるか、閲覧者への提示として捉えるかで違うかも知れません。
じゃあ、やっぱり「カテゴリ」と「タグ」を併用するのがいいんじゃないか? それも一理ありますが、あまり有効ではないと思います。私の兼ねてからの見解ですが、「カテゴリXX のうちのタグXX」という形で絞り込めないなら索引として弱いのです。「カテゴリ」からはカテゴリだけ、「タグ」はタグだけしか引き出せません。
だから「複数タグ検索」ができればいいと思います。 [デザイン家電] と [amadana]、どちらのタグを付けるか迷うのではなく、どちらのタグも付けておけばいいんです。
[]

[参照]
Harukiya Archives「このエントリも continue」
Zopeジャンキー日記「なぜネットではディレクトリが敗れ、サーチとタグが勝利するのか」

comment


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興味深いです

ユーザータグって各記事毎のmetaタグみたいなものだと思います
( そういう使い方書いてた方がいたような )
明示的な検索語とでも言いますか、categoryよりsearchモード寄りな。
( ⇒ amadanaで調べた時にこちらの記事が掛からないようにする為の)
「ステップ検索」(検索語と一致するタグがあればまずタグ検索頁を表示)
・・・みたいなのも思い浮かびますね

Re: danielさん

あー、たしかにこの記事自体が検索ノイズになりますね。

明示性という点で1:1で結ばれるべきは、まずはタイトルでしょうか。
その次に位置する「明示的な検索語」と考えれば、
やはり一対象にタグは2~3ずつ付いていたほうがいいと改めて思いました。

そうなると「記事100件に対しタグ300」みたいな状態は必然的になってきますが、
検索効率としては悪化してしまっています。
そこで絞り込みなり、ステップ検索なりは必要なのかな、と。

「ステップ検索」って言うのは、あるタグで引くと、
「そのタグといっしょに付けられているのは、こんなタグがありますよ」とサジェストされる、のとはまた違うのでしょうか?

もうひとつ気になっているのは、タグに対する抵抗感が世間的に根強い感じです。
iTunes もフォルダ分けできるようになる拡張シェアウェアがありますし、
「はてなアイデア」をみると、はてブは以前カテゴリ→タグに切り換えたようなんですが、
”カテゴリ制”を復活させてくれ、という要望が今でもありました。

区切る、という点ではフォルダ保管がわかりやすいのは確かです。
タグに対する抵抗感と言うか、使い勝手がなかなかしっくりこない(この記事みたいに考察しちゃったり)、
そういった馴染めなさ、は日本人の感覚なのか、欧米人もそうなのか。

やはり

> 抵抗感が世間的に
って そうなんですか? 
タグって云うからには 日頃タグ打ちしないような人は使わないのでしょうか

「タグ付け」ってメンドクサいんですよね。 第一に。
カテゴリの指定だってうっかりすると忘れちゃいそうになるんで
これから数百件の記事を見返してタグを振る気にはなれません。
これから作るぞ、て時(prospective)に設定するものではないかと。
いや、オフィシャル頁にindexして貰う、という観点からみれば今からでもいいのか・・
( イメージが一定しませんね )

共通認識がないってことかも

抵抗感というよりは、とまどい、といったほうがいいかも知れません。
イメージが一定しない、使途にある程度のコンセンサスがない、ってことでしょうか。

フォーラムで見た気がするのですが、「先にタグを設定しておきたい」という要望がありました。
カテゴリのように、よく使うだろうタグをはじめに用意しておくってことでしょう。

でも今回の考察の流れでいくと、
タグはその都度、記事からその象徴的なワードを添付する
という使い方ですよね。
そう考えると記事を書く前に、先に一通りタグを準備しておく利便性は特にないわけで。
もっとも1種のカテゴリ分けと捉えているなら、
予定タグ・予約タグ、の意味もあるでしょうし。

つまりイメージが一定しない、ってことになりますか。

予約タグ

「グローバルタグ」 ですね。  あれば 「自動カテゴライズ」 的に使えて便利だと思います。
( 過去記事各個に手作業で振り付けしなくて良いからラクだし )

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