「日本」や「日本人」は日本民族だけのものじゃない - ポエツ | poets

Logs

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Sankei WEB「法相、イラン人一家の在留特別許可認めない方針」
THE UNIVERSE...森羅万象「アミネ・カリルさん一家に在留特別許可を」
酔っ払いのうわごと「難民救済、理想は分かるけど」
404 Blog Not Found「多情で無法な日本人」

「日本」も「日本人」も、「日本民族」の独占物ではないと、一介の日本民族として言いたい。
幸福なことに、日本は近代国家を建設する際に、人種・民族(宗教・文化)・言語=国籍 という形にほぼ等価・単一化することができた。

アメリカの人口は今年3億人に達し、日本の人口はやがて減少に向かう。いや、正確には「日本国籍所有者人口」と言った方がいいかもしれない。アメリカの人口だって、産めよ増やせよで増えているんじゃない。日本国内に産業があり、経済が成立している間は労働力は流入してくるから、人口の総体は当面大きくは減らないと思う。むしろ「日本国籍所有者」が減った分、穴埋めされる。
イラン人のアミネ・カリル氏は、《日本の市場が彼らの労働力を必要とした結果》(THE UNIVERSE...森羅万象「アミネ・カリルさん一家に在留特別許可を」)であり、ただし《『「不法滞在なのだから国外退去はやむをえない」』と云う声の方が当然》(酔っ払いのうわごと「難民救済、理想は分かるけど」)ではあるが、このままなんの法整備もしないのでは、「アミネ・カリル氏」はこれからどんどん増え続けるだけだ。

ユリウス・カエサルは紀元前四五年にすでに、医療と教育にたずさわる医師と教師には、その人の出身地や民族や皮膚の色の如何にかかわらず、ローマ市民権を与えるとした法を成立させている。ローマ市民権をもつことは、属州税という直接税を免除されることでもあった。カエサルの考えは、直接税は免除するから適正な報酬で医療ないし教育に従事せよ、ということにあったのだ。

(新潮文庫 塩野七生「ローマ人の物語 22」第五章 皇帝ヴェスパシアヌス)


なぜ「医師と教師」だったかはわかると思う。単純労働者だけが自然流入してくるに任せていては、中長期的に社会に好影響を与えないから。知的階級であれば社会の構成員として、その社会の水準を高くする、さらには指導層となって社会を牽引することもできる。
夕張の再建計画が報道されているけど、違う角度から見れば、そもそもどの地方にしたって、いずれ日本は日本民族だけでやっていけなくなるのだと理解した方がいい。

この問題には相撲がよく例に挙げられる。以前はオセアニア系、ここ数年ではモンゴル、ヨーロッパ出身の力士が幕内にもどんどん増えている。新弟子の数は総体で減ったかもしれないが、興業もまだ維持できるだろうし、競技レベルが著しく下がったわけではない(主観なので、好き嫌いや意見は分かれるかもしれない。ただ一時期の巨体力士の頃より、最近の方がずっと競技レベルは高いと思う)。
どの民族・出身だろうと、力士は古式伝統に従いまげを結い、いずれは国籍を取得し親方になるなりして、日本の伝統文化を継承してくれるのだ。肌の色は関係がない。「日本」や「日本人」は日本民族だけのものじゃない。

愛国とか保守と言うのは、民族純血主義とは違うはずだ。私は日本が好きだし、この国の伝統や文化を守り、発展させていくことには賛成だけど、それを「日本民族」の手だけでやる必要はないと思う。「日本人」になった人々みんなでやればいい。日本民族は1億人に減っても、日本人が2億人になる日が来るかもしれない。

歴史家ギボンは、ローマがなぜ滅亡したのかと問うよりも、ローマがなぜあれほども長く存続できたかを問うべきである、と言った。多民族、多宗教、多文化という、国家としてはまとまりにくい帝国であったにかかわらず、なぜあれほども長命を保てたのか、ということのほうを問題にすべきだ、と言う意味である。だが、それに対する答えならば簡単だ。ローマ人が他民族を支配するのではなく、他民族までローマ人にしてしまったからである。

(新潮文庫 塩野七生「ローマ人の物語 23」第七章 皇帝ドミティアヌス)

comment


  管理者にだけ表示を許可する

trackback

用FC2,寫部落格日誌也都簡單阿!

検索語抽出

ポップアップ・コメント

poets designed

Ajax検索
AD

台湾留学 完全サポート

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。