延長線が描き出す見えざる骨格 - ポエツ | poets

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基本的に、私は作家でありたいと思っているんですが、作るだけじゃなくて、それをどう見せるか、の方に同じくらい関心があります。料理そのものじゃなくて、「どういう食器に、どう盛りつけるのか」を考えつづけた結果のひとつが、このブログで連載することとなった「blog-logy」だったりします。

作品自体はすごく魅力的なのに、見せ方に気配りがない人を見ると、「もったいないなあ」と思います。
作品自体はありきたりなのに、見せ方ひとつでゴマかしている人を見ると「せこいなあ」と思います。

ドッチヤネン! (´∀`)σ)'A`)

上のは冗談ですけども。「見せ方」の工夫も作品の一要素ですから、作家の力量のうちでしょう。あまりに実が伴っていなくて、糊塗し過ぎなのは辟易しますけどね。

それで、この世には分業というものが成立していて、ディレクターとかプロデューサーだの、「表現する人」をマネジメントする役割があります。
私なんか、どっちつかずで、どっちにもなれない人間だと自分で感じています。


理論だの戦術だの言ってますが、結局最後は作品の力なんだと思います。本当に力のある作品は、そんな統御なんて軽く蹴散らして、ぶっちぎってしまうものだと信じています。
だから理屈屋の私ですけども、作品の持つエモーションを信じます。

これは前置きなんですけど、なんでこんな前説をしているかと言うと、このあとまた延々と理屈を並べるからであります。それでも、核心にあるのは理屈よりエモーショナルなものなんだと言いたいからです(理屈抜き、という言葉は嫌いですので使いませんが)。

>wakakoさん
それで、かなり前から約束していた写真作品評ですが、長く書く割には期待ハズレだろうことだけは予告しておきます。ごめんなさい。
■もうひとつマエセツ
実は私は大学の半ば頃まで、写真が嫌いでした。私はお絵描きさんなので、絵画での表現のほうが優れていると信じていたからです。
それが覆ったのは、森村泰昌が著したアンリ・カルティエ・ブレッソンの作品評を読んだ時からですね。
美術の解剖学講義 ちくま学芸文庫
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これは写真のみならず、その後の作家としての私の思想に影響を与えました。
私は入り口がこんなのですから、『写真の学校』で他の生徒が「川内倫子が…云々」と言っている時も、見当違いの方向を向いていたかもしれません。

私がこのあと批評で使うのは森村泰昌のウケウリというか、劣化コピーのようなものと思ってください。

■延長線が描き出す見えざる骨格
これは自分の仕事の平面デザインにも敷延できるのですが(ようやく実感できるようになったのは最近)、「延長線」を引いて、構図を分解してみると、隠されたルールが見えてくることです。
作る作業の場合は逆です。骨格は組み上げる時に使って、最後は消してしまう(印刷されない)から。
「版ヅラ」なんてもっとも分かりやすいルールですが、一見無造作に配置されたものもよく見れば、こことここのツラ位置が一緒だとか、右側に寄った重心を、左側に戻すための「重り」の要素なんだとか、ちゃんと理由があります。

こういったルールに統御されたものは、過多な要素が詰め込まれていても、見えざる秩序があるので、以外とごちゃごちゃしないものです。逆に要素過多でもないのに、収まりが悪いのは骨格が弱いからと考えられます。

■やっと本説
使用する画像は何年か前から、私のサイトの方で公開している、『写真の学校』の同期の方のものです。
※画像にはすべて著作権があります。無断使用を固く禁じます。

■批評(1)
この作家さんは人物の表情を捕らえるのが巧みなので、構図分解で批評するのは申し訳ないのですが。
hase.jpg

まずこの写真で背骨となっているのは、主役の人物の両脇にある支柱です。この2本があるだけでまず構図は安定したと言っていいでしょう。

それから画面下部で左右両サイドから中央へ、斜めの格子があります。一定間隔で並んでいるものはトントントン、と画面にリズムを生み出します。また斜めは四角や直線に対して動きを与える要素となります。
この斜めが逆「ハ」の字であることも重要です。これが画面中央部への求心力となってます。ちょっとイメージしてみてください。これが「ハ」の字方向の斜めだと、画面外側への流れができると思います。
kaisez01.gif

「ハ」の字になっているのは、被写体の人物が広げた両手なのです。
両手の角度は、両側から迫ってきた斜めと対角線をなし、この流れを受け止めています。格子の斜めと両手の角度に線を引けば、ちょうど「X」に交差することがわかります。これによって、左右から中央へ向かってできた流れが堰き止められ、人物の存在を際立たせる効果があるように感じられます。

画面全体のシンメトリを大胆に破壊しているのは、画面左上から中央へとうねる遊具の曲線です(シンメトリなだけじゃおもしろくないですよね)。でも、これだけ大きな曲線があっても画面のバランスは壊れていません。
被写体の女性は左足を立てています。これがクサビとなっているように見えます。画面中央やや左寄りに位置する、この立てた膝が、曲線によって大きく画面左に崩れてしまいそうな重心を支えています。

試しに指でこの膝の部分を隠してみてください。もし逆側の足を立てていたとイメージしてもいいのですが、遊具の曲線によって重心が左に崩れることは分かると思います。

まさに張り巡らせたワイヤーのように、緊張感のある構図を構成しているのですが、素晴らしいと思うのは、これらの構図が全て、主役の人物に集約して引き立たせる役割を果たしていることです。構図を組み立てることができても、人物が構図の一要素になってしまうなんてこともありがちなわけですから。

■批評(2)
次は当時の『写真の学校』のグループ展で、最優秀作品賞をとった方の作品です(これは受賞作ではありません)。
彼は写真屋に勤務していたため、カラープリントも自分でやっていました。彼の作品は本来、色彩が最重要なんですけど、こちらも構図分解での解説とします。

take01.jpg

画面全体は右に傾いていて、中央に白い服の少女がいます。
この画面の支柱となっているのは、言うまでもなく画面中央を縦断している「フェンスの支柱ー人物ー人物の影」です。それから、画面をさらに四等分するフェンスの縦の線です。

少女の白い服とコントラストを為すのが、少女の右側にできた日陰です。この画面で最も黒い部分は、画面タテ方向の中央に重心を持たらすと同時に、ヨコ方向で見ると右側へ重心をずらしています。これを左側に引っ張り直しているのが、左端に見切れながら映っているフェンスの柱です。この左端のフェンスを隠してみると、画面のバランスが右側に偏るのがわかるでしょうか。
kaisez02.gif

画面右下からは、逆L字型の階段が、画面中央(少女)に向かって来ています。これも(1)の格子と同じく、画面中央へ向かうリズムを生み出しています。
そして少女の左側のフェンスは大きく「X」で仕切られていて、いくつかの三角形を作り出しています。
右下から上がってくる「L字」と、左上からの「三角形」が対になっているんです。その流れのぶつかるところに少女がいます。
で、少女の右上は、と見てみるとフェンスが「四角形」になっていて、少女を挟んで対角線上には、階段が終わったあとの地面がまた四角を形成して、こっちも対の力関係を作り出しているんですね。

この写真でも、これらの力関係が拮抗する中心に人物が配置されています。
心憎いばかりに美しい純白の服なのですが、彼女は別にモデルでもなくて、ただそこにいた人なんです。

構図を組み立てるだけなら私にも何とかできそうですが、そこに見事に人物が組み込まれている(一要素としてでなく)のは、とても真似できません。


■批評(3)
だいたいパターンは読めてきたと思いますが、(2)と同じ方の作品で、今度は人物のいない写真を取り上げましょう。
こちらは、前2点ほどガチガチにロジックで分解できないのですが。

take02.jpg

…どうでしょう?
まず画面中央より少し高い位置に水平線があります。これが構図の中心線です。
グラウンドにはタイヤのあとでしょうか。画面右外へと大きく弧を描いている線が地面にあります。
もうお分かりと思います。
これと対になっているのは、画面上に映っている木の枝です。これも画面右側へと流れています。

画面でもっとも重たい部分は、左端に黒く写っている、うっそうとした木です。これと力の均衡を保っている要素は… と探してみると、ないんですね。逆に画面右側に行くほど、空の開けている面積が大きくなっていきます。

前2作品は、力関係の綱引きの結果、顔面中心へと帰結する構造を作り上げていたのに対し、(3)は画面右外へと流れを開放してしまっているのです。3点を較べれば、前2点の構図に張りつめる緊張感があるのに対し、(3)にはその種のテンションがありません。
中心に写っている建物も、階段状に右側へと降りていく方向性を作っています。
そう見ると、背が高い三角形の木とあわせて、右へと向かって進む船の形にも見えます。グラウンドに引かれた線は、水上にできたモーターボートの航跡でしょうか。

■まとめ
たぶん、これは邪道な批評法なので、あまり参考にならないでしょう。
延々と理屈をこねましたが、どんなに巧緻に組まれた構図も、エモーショナルな被写体の前では意味を失います。特に人物ポートレートはそういうものかもしれません。「構図」「骨格」というのは、それそのものが「作品」ではないのだと思います。

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