東京は僕の庭? - ポエツ | poets

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外国で生活を始めて半年以上が過ぎたのですが、いろいろ気づくことがあります。まだ、それほど切に国に帰りたいと思ったことはなかったのだけど、最近、これが郷愁かなと思う気持ちに気づきました。
まあ帰国したら、誰と会いたいとか、何が食べたいとか、何を買いたいだの、そういうのは大小あるけど、なにより私の中で、最も強いのは風景が見たいと思うことです。

台北にだって、いろいろな街並みがあります。でもどんな風景を見ても、日本の風景のような優しさがないような気がします。「優しさ」と言うと語弊がありますね。『風情』とでも言えばいいのか、たとえばそれは『風鈴の似合いそうな景色』でしょうか。
目の前が真っ白になりそうな、夏の日差しを浴びながら切に思うのは、この日差しの中のあの風景が見たいと言うことです。

東京の都心は、都会だけど神社やら自然やらが点在して、和みがあったのだなあと思います。夏の日差しは台北も、東京もさほど変わらないけど、あの都会の中にある小さな神社の木陰のような涼やかさはありません。
この2、3年は、休日のたび、街歩きしながら写真を撮っていたせいか、いろんな場所が思い浮かびます。

まずは皇居などお濠のあるところですね。赤坂見附から霞が関、銀座方面へ歩くのが好きでした。
虎ノ門、神谷町あたりの清潔感・先進性のあるオフィス街もお気に入りです。土日に行くと人通りがなくてまるで違う街並みで、平日は混んでいるカフェも空いていたりして、くつろぎの穴場です。
新橋ー浜松町も裏通りに入ると、レトロチックな建物が残っていて、再開発をしているエリアとの対称性がいかにも東京的です。このあたりには小さな中古カメラ店が点在していて、買いもしないのについ立ち寄ってしまいます。
築地・八丁堀に来るとまた雰囲気が変わります。この界隈で撮った写真が一番多い気がします。この辺に来た時には必ず隅田川岸まで歩きます。私の実家は多摩川の近くのせいか、子供の頃から大きな川がある所が好きです。

九段下から神保町、お茶の水方面も、特に夏の景色は捨て難いです。
お茶の水から向こうになると、なんとなく『江戸情緒』なんて表現がしっくりくる界隈です。上野の裏側(私の感覚的にはウラ側にあたる)から谷中~千駄木方面は、通り過ぎるだけの散歩者には気安くない雰囲気があって、そのへんが「下町」なんだろうなあ、と。

それから小田急線の沿線はどこも大好きです。何年か暮らしていたアパートから近かった経堂、千歳船橋はカメラを提げて、自転車でぶらぶらしたものです。

代官山やら自由ケ丘のせいか高級感のある東急東横線沿線も、自然が多く残る街並みです。代官山は降りたことないんですが、多摩川園から鵜ノ木のかけての、ここも川沿いが私の散策コースでした。

最後に地元、府中の大国魂神社へ続くけやき並木の、夏の木漏れ日も懐かしく思う風景です。
※「東京」と言えば中央沿線!(中野やら阿佐谷あたり)だ、と主張する人も多いかも知れませんが、個人的に縁遠かったので良く知らないのです。


こうして列挙すると、東京も悪くないんだなあ、と思ってしまいます。嫌いとは言いませんが、もともと東京に違和感や反感を感じて、しばらく外国と、東京以外の都市に暮らしたいと思ったのが、台北に来るひとつの動機でした。
学生の頃は、休みには実家に帰郷する他県の出身者をうらやましく思ったものです。

東京=日本ではありません。もしかしたら(東京>日本)東京が日本からはみ出している部分もあるように思います。東京には世界中、日本中から色んなものが集められていて、これが「東京人」のもの、と言える部分がとても少なく、「郷土意識」が希薄です。だから私は「東京人」であることはアイデンティティとして、あまりに弱い気がして、東京が好きになれませんでした。
東京は「東京」という、ごく特殊な区域で、「日本」そのものとも違うと考えています。

去年は京都、箱根と、代表的な都市(どちらも東京の学校から修学旅行で行く都市)を旅して、やっぱり東京は情緒に欠けるなあと感じたのですが、外国に来て、「日本」という大枠で相対化してみると、東京はちゃんと「日本」なんだなあ、と思いました。

台北に暮らしたいと思ったのも、旅行で何度か訪れた、この台北の街並みに、風景に埋もれたいと感じたからですが、いま東京に帰りたいなあと思うのも、同じくあの景色の中にいたいなあ、と感じるからです。
郷愁とは、もしかしたら自分をその風景の一部にしたいと思う気持ちなのかもしれません。


7/23 追記
福田和也氏が、日本人の感性は清少納言の「春はあけぼの」の頃から、そう大きくは変わっていないのだ、と主張されていますが、とてもよくわかります。
季節季節の持つ空気の匂い。朝夕で移り行く空雲の色。雨上がりの薫り。日差しや風、葉擦れの音や虫の声への感受性。日本人の民族性と言うよりも、日本の風土自然の豊かさがそこに住むものに、それを感じさせてしまうように思います。

春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明りて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
夏は、夜。月の頃は、さらなり。闇もなほ。蛍の多く飛び違ひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。
秋は、夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。
冬は、つとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜のいと白きも。また、さらでもいと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、温く緩びもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。


「東京は僕の庭」
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