米国行きのスロウ・ボート ~「冬のリヴィエラ」をめぐる冒険 - ポエツ | poets

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好きな歌、と言ってしまえば数に限りがないし、これからもたくさんの歌を好きになるだろう。でも人生に何曲とない、特別な感慨のある歌となれば、私のそのひとつに『冬のリヴィエラ』がある。
曲調はまさに大瀧詠一スタイルで、いくつかカヴァーもあるけど、やはり森進一のに勝るものはない(氷室京介のカヴァーがあれば聴いてみたい気はする)。私程度の歌唱力ではカラオケで歌えない曲である。たしか小学生のころに聴いた歌で、『熱き心に』と並んで好きだった(気づけばこちらも大瀧詠一)のだけど、『熱き心に』は好きなだけで感慨はない。

あいつは俺には過ぎた女さ 別れの気配をちゃんと読んでて
上手に隠した旅行鞄に 外した指輪と酒の小瓶さ


こども心には大人の世界の話だったが、人間というのは結局こどもの延長のまま、だらだら坂を上っているようなもので、明確に「大人になった」という自覚がないし、この歌詞の世界が「大人の恋」だと言うのなら、そんなものはいまだ経験したことはない。

つまり、この男女はなんとなく自分らの関係の終りを悟っていて、男は女のもとを去るべく密かに荷造りをする。女は気づかぬ振りをしつつ、男から以前送られたのだろう指輪と、男が愛飲していた酒、この場合ウヰスキーかバーボンでなきゃなるまい、を餞別に鞄に忍ばせる。

と言っても私のレンダリングエンジンがGeckoなもんで、ウヰスキーもバーボンもわからないのであるが(不好意思、好冷!)。
ともかく「ああ、この人とはもうダメだな」ってのは別に恋に限らずあるわけですが、大人とは言え、男女の終りがこうであることはあるんだろうか。「気配」って、空気読め過ぎ、な感もある。だいたい「旅行鞄」ってどういうことなんだろう。
歌詞を順に追えば「あいつによろしく伝えてくれよ 今ならホテルで寝ているはずさ」とある。二人は旅路なのだろうか? ロード・ムービーのようにモーテルに身を寄せた男女がいて、男(女)が女(男)のもとを離れようと、こっそりと自分の鞄だけ持って出て行く、そんな映画のワンシーンなら思い浮かばなくもない。
こどもの時に私が『冬のリヴィエラ』に見た世界と言うのは、やっぱり『カサブランカ』だったんだと思う。『カサブランカ』を意識して観たのは高校生になってからだけど、こどもの私には妙な先入観があって、「映画」(いわゆるfilm)は大人のたしなみで、物語はトレンチコートを着た男女が港町で… と言う思い込みがあった。いつか大人になったときには、「映画」を観てみたいと言う憧れがあった。

「あなたって強いのね」
「強くなければ生きていけない」
「でも、優しいじゃない」
「優しくなければ、生きる資格がない」

男女はきっとこんな会話をするのだ。待て、何かマーロウが混線してるが、「昨日はどこにいたの?」だって大差はないでしょ?

話は少し外れるが、幼い私は「映画」に対して憧憬があった一方で、マンガに対してはものすごい嫌悪感があった。5歳のころ数週間の入院をしたことがあって、私の読み物は決まって絵本だった。考えてみれば、絵本は子供でもすぐ読み終わってしまうし、買うとなれば高い。最初の何冊かは絵本を持ってきてくれた母親だったけど、ある時マンガを持ってきたのだ。私は「マンガは、悪い子が読むものだから」絶対にヤダと拒否した。なぜ母親たるものが、子を悪の道に勧誘するのかひどく訝しがった。その後、母の再三の説得に応じ、「マンガの読み方」を数日かけて教わった。フキダシをどういう順序で読むのか分からなかったんだけど、アレはふつう教わらずとも読めるのかしらん。とにかくあの時は、マンガ誌のオビやハシラ、到る所で連発される「!」(感嘆符)にクラクラさせられた。
もっとも私は今でもひどい潔癖症で、週刊誌の類いのある種の猥雑さは苦手だし、紙面狭しと詰め込まれた文字や、煽り文句!!、も受け容れ難い。その上ひどい食わず嫌いで、マクドナルドで「ハンバーガー」以外のメニューを注文できるようになったのはハタチを過ぎてからである。(たしか恐る恐るチーズバーガーを試したのでした。)

話はもどって、映画への偏見的な憧憬を思いっきり受け止めてくれたのが『レイダース』(インディ・ジョーンズ)だった。小学生のころ偶然、TV放映を観て、トレンチコートではなかったけど、そんな感じのパナマ帽子を被ったダンディが出てきて、背景はやっぱり世界大戦の頃(『レイダース』シリーズは第2次大戦、1930年代だけど)。私の映画への偏見を汲みつつ、実は子供が見ても楽しい冒険活劇だった。
「インディアナ・ジョーンズ」のモチーフ(の一部)が、ハンフリーボガートだというのは有名だけど。大学生のころ、少し年上の映画学校出身の方にその体験を話したところ、『レイダース』の設定には多分に「トレンチコートに港街」という「古き良き映画」へのオマージュがあって、私が子供心に持っていた「映画観」もあながち外れてないんじゃないかと言われた。
『冬のリヴィエラ』の歌詞中にも、トレンチコートではないけどコートは出てくる。

革のコートのボタンひとつ とれかけてサマにならない


こどもの頃はこの部分の歌詞が、字余り気味で収まりの悪く、ムリヤリ曲に載せてる感じがどうにも不可解だった。今ではこの部分こそが、この歌を名曲たらしめている要因のひとつだと思うし、最後のサビの手前にこれを配した松本隆の心憎い作詞術は、やはりさすがだと唸らされる。

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